仕事に誇りを持てますか?
余りテレビドラマを見るほうではないのですが、
最近欠かさず見ているのは「働きマン」
番宣によれば
『主人公は、出版社に勤務する28歳の雑誌編集者・松方弘子(菅野美穂)。一度仕事モードに入ると、恋人とのデートも、趣味も、おしゃれも......私生活すべてを犠牲にしながら仕事に没頭する女性。その仕事ぶりはまさに"男"。たくましく力強くエネルギッシュ。ゆえに彼女のニックネームは『働きマン』。
『働きマン』は、"働くとは何か"の問いを、ドラマを通して投げかけます。』
学生たちに「働くことを」伝えることも、日直当番の仕事のうちではありますが、私自身「働くってどういうこと?」という問いに対して明確な答えを持っているわけではありません。
いつも探しながら迷いながら、仕事をしているっていうのが実情かな?
そんなわけで、毎回興味を持ってみています。
今回は
「Q、仕事に誇りをもてますか?」という問いで始まりました。
そう訊かれたとき、自信を持って「はい」と答えられない自分がいます。
私が学生のころ、「教員」という職業については、「絶対できないだろうなぁ」と思っていました。「自分には合わない」と...
どういう因果か、いまその「教員」という職業に就いているのですが、その想いは今でも変わりません。
教員としては下の下のほうのランクなんだろうなぁと

ではなぜこの仕事を続けているのか?
もちろん「生活のため」ということもあります。でも「生活のため」というなら、別にほかの職業でも良いわけで、今の職業を続けている積極的な理由にはなりませんね。
「先生」という職業は別にたいした仕事ではないと思ってます。
(世の中の「先生」方、申し訳ありません。決して世の中の「先生」方のことを決してたいしたことがないといっているわけではありません。あくまでも私の中でのこととご理解ください。)
先生 と 学生 の差なんて本当はたいした差なんてないと思っています。
差があるとすれば文字通り「先に生まれた」だけのこと
私はそう思っています。
つまり「経験」の差です。
私は、「私がこれまで経験してきたことを、学生たちに『伝える』こと」これが私の仕事だと思っています。
あえて「大人」「子供」という表現をするとするなら。
「大人」は、自分たちの経験してきたこと、自分たちのやってきたことを全部、良いことも悪いことも、ありのままにすべて「子供」に伝えること
これが「大人」の使命であり、
「子供」は「大人」から伝えられたことを吸収し、考え、行動し、よいところは残し、悪いところは自分たちの代で修正し、そして自分たちの「子供」にそれを伝える
「先生」は「先生」として
「学生」は「学生」として
「親」は「親」として
「子」は「子」として
それが「文化」なんじゃないかなぁと...
じゃぁ、私は「私の経験してきたことをすべて学生たちに伝えられているか」と問われたら
ぜんぜんできてません
とても伝え切れていないし、伝えきれない
せめて、学生たちが「大人」になったとき
「あのとき日直当番がああいうことを言っていたけど、それはこういうことだったのか」とか
「あのとき日直当番がああいうことを言っていたけど、やっぱり俺はこう思う」とか
そう思ってくれることを願うばかりです。
「A.仕事に誇りを持てるか、満足してるか・・・っていうのは、他人の物差しでは測れない。自分で決めるものだ」
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 仕事に誇りを持てますか?
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.meikei.n-forest.com/mt/mt-tb.cgi/187



コメントする